2016年インド旅行記(2) 旅と輪廻

旅と輪廻 (5)

 

 それから、イタリアへ行きました。男の子が、丸い目をくりくりさせながら、じっと海亀を見つめて、「プラスティコ!」と叫びました。母親は、息子のプラスティックという言葉に不快を感じて、「ノン。ノン」と否定し、嫌がる息子を、ペットショップから無理やり引っぱって連れ去りました。
私は、この情景を見て、男の子が叫んだ「プラスティコ」という言葉に感動していました。男の子は、自然の生き物である海亀を、「プラスティコ」というキッチュ(俗悪)で安っぽい言葉で、美しく表現したからです。40年経った今も、私がこの「プラスティコ」を思い出すのは、男の子の感動の表現が、事前の知識や「大人に気に入られよう」といった思惑にとらわれない、とても新鮮なものだったからです。

 

 イタリアからは船でギリシャへ渡りました。私は、アテネからトルコへ向かう国境の汽車の中で、車掌から30ドラクマを請求されました。払わないとパスポートを取り上げられてしまいました。困っていると、側にいた漁師のような老人が、私へ紙幣を差し出してくれました。お礼を言って、握手した老人の手は、ごわごわして温かく、あたかも光沢のあるなめし革の手袋をしているようでした。私は、その手に感動していました。その時、民衆という言葉のラベルがはがれて、その下から本当の実態のある、生き生きとした民衆が現れたのです。そして、ごく普通の人々が、一番尊いのだと気づきました。

 

 早朝、私はイスタンブールへ向かう列車の窓から、トルコの草原に、巨人の幻影を見ました。まるでゴヤの絵に出てくる巨人のようでした。巨人の幻影はすぐに消えてしまい、広々とした草原は、急に風が吹き渡り、野草のさざ波のうねりが起こり、あたかも巨人がはるか地の果てまで、草原を揺らしながら逃げて行くようでした。
また、イスタンブールでは、執着心を手放すことを学びました。集めたコインの袋が、ずっしりと重くなっていました。それを、旅行者へ全部上げてしまいました。そして、身も心も軽くなった体験をしました。

 

 それから、イスタンブールからイランへ向かいました。寒くて、途中、トイレがこちこちに凍っていました。そして、イランの首都テヘランからメシェッド(イスラム教シーア派の聖地)へ向かう夜行バスから見た砂漠の景色に、私は心を揺さぶられました。天空には満月が浮かび、雪の砂漠を煌々と照らしていました。バスの乗客の外国人は私一人で、あとは現地のペルシャ人の男たちで一杯でした。地平線の向こうまですべては静かで、動くものは何一つありません。その時、私は、自分がアジア人であるという強烈な自覚を呼び起こされました。夜の砂漠に激しく感銘した私は、ノートに次のように記しました。

 

 

月は こうこうと
イランの沙漠を照らし
沙漠につもった雪は
白い巨象の背中のように
静寂な夜のしじまに
仄白く浮かぶ
そうして その沙漠の雪は
あるところでは 雲海のように
湖のように
あるいは 大河の流れのように
光っている
その荒野で
月は 俺を追いかけ
沙漠の雪は
象の群れのように 押し寄せ
津波のように 迫り
バスは 飲み込まれまいとして
必死に走る
沙漠のはるか遠く
寒村の灯の瞬きが見えた
月よ!
沙漠よ!
俺は アジアの大地に帰って来たのだ
そして 俺は アジア人なのだ!
土のにおいをかいで
アジアのにおいをかいで
しょうしょうと吹く 風の音を聞いて
俺は 今 そう自覚したのだった
俺のなかのアジアの血が
インドへのびる沙漠の道を
無数の輝く星々を
惹きつけて 止まない
そうして 俺は
無限の安堵に つつまれる
アジアの大地を踏みしめて

                       (『気の言葉』講談社より)

 

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