2017年11月チベットとネパール思索の旅

チベットとネパール思索の旅 (5)


血とイメージ

 農耕民族と騎馬民族、遊牧民族は、それぞれ血についてのイメージが違います。
 中国人は、イメージよりも事実に感応しやすい民族であるといわれます。

 先日も、たまたまテレビで、クール・ジャパンという番組を見ました。その時、温泉について外国人がどう思っているかを討論していました。そして、全国で一番人気のある草津温泉へ行き、温泉宿の湯守りという職業を紹介していました。源泉かけ流しというポリシーを守って、水で薄めないで、季節により、日により、朝昼晩と湯守りが湯の蛇口を調節し、湯をヘラでかき回して、源泉のお湯を42度にぴったり保つのです。            
 これは、経験のいる大変な仕事でした。 それでも、湯守りさんたちは、お客様が今日のお湯はよかったと喜こんでくれる姿を見て、満足感を覚え、幸せを感じるというのです。
 そして、外国人に、これはクールかどうか? と問いかけたのです。米国人、英国人、タイ人、ニュージーランド人、オーストラリア人、フランス人、ロシア人など、ほとんどの外国人はクールであると言いました。湯守りさんたちは、お金じゃなくて、真心を買っているので素晴らしいという意見でした。

 ところが、一人だけ、それはクールではない、と発言しました。中国人の女性でした。彼女は、なぜハイテクを誇る日本が、湯守りのような人が苦労して42度の温度にしなければならないの、ハイテクを使ってやれば簡単にできることじゃないの、と述べました。
 私は、この意見を聞いて、ああ、中国人はものに感応しやすく、イメージの出来ない民族だな、と思ったのです。最近も、万里の長城の歩道を歩きやすいようにセメントで固めて、各国のマスコミからひんしゅくを買いました。セメントというものに感応しやすく、歴史ある風情を残すというイメージが欠如しているのです。

 それは、各民族の血にも現れています。日本人は、昔から動物を殺して食べるということが少ない農耕民族でした。だから血をいまわしいものとして、忌み嫌いました。聖なるものとは正反対のものでした。例えば、明治時代まで、高野山では女人禁制でした。明治になって女人禁制がとかれ、高野山に家族が住むことが許されて宗教都市ができました。造り酒屋では、昔から酒蔵には女性は入れませんでした。お相撲でも、土俵の上には、女性は上がれないのです。

 この忌み嫌った血を、日本人はイメージで、武士道の倫理と結び付けて、神聖と静謐の美へ昇華するのです。例えば、三島由紀夫の『憂国』に、陸軍中尉が切腹する場面があります。刃が臍の下まで切り裂き、血が畳へほとばしり、カーキー色のズボンから血が畳に流れ落ちる場面で、「ついに麗子の白無垢の膝に、一滴の血が遠く小鳥のように飛んで届いた」、と表現するのです。忌み嫌う血を、ここまで美しくイメージできるのです。ここに、昇華された血のイメージの極北があります。

 ところが、ヨーロッパ人は牧畜生活者で、牛や羊を屠殺して肉を食べていました。その肉と血が食卓にのると、その生活感覚の中から血まみれのキリストがイメージで転化して、キリストの血がワインへ、キリストの肉がパンへ昇華されるのです。

 またアラビア系の民族も、家畜を屠殺して食べていました。『コーラン』では、流れ出た血を「全くの穢物」として扱うそうですが、戦いを描いた場面では、その穢れた噴き出る血をイメージへ転化して、彼らは優美な赤い噴水へと昇華して描いています。

 ところで、中国人はどうでしょうか。血という漢字は、昔、生贄として捧げた動物の血という意味であったそうです。そして、血は地上に流してはならないものだったので、血は皿に入れて捧げたというよりも、こぼれない深い鉢だったといいます。
 そして、古代の中国人は、血は全身を循環していることを知っていたので、ものとしての血の事実を認識してしまえば、そこから先のイメージは出なかったのです。残虐な戦いを描いても、だんだんに手足を切断していく刑罰の絵を描いても、そこに血は一切描かなかったのです。このため、すさまじい残酷な絵でも、のんびりした、おだやかな、恍惚とした絵になってしまうのです。実は、このイメージの欠如こそは、美食から珍味へ、果ては人肉嗜食に至ってしまう原因ではないかと、私はひそかに思います。
 毛沢東が、共産主義革命を起こして、権力を手に入れます。そして、「宗教はアヘン」という狭い事実に感応して、紅衛兵を組織し、チベットの仏教寺院を90%破壊しました。毛沢東は、宗教を否定したその先のイメージが、欠如していたのではないでしょうか。
 中国では無宗教になった後に、拝金主義がやって来ます。どんなことをしても、お金が儲かればいいという風潮です。ミルクを多く売って儲けるために、塗料のメラミンをいれて売った事件がありました。これも、拝金主義という事実に感応してメラミン入りのミルクをつくり、それを飲んだ人がどうなるかというイメージが欠如しているよい例です。

 宗教を否定した中国では、今、仏教徒が3億人もいるそうです。優秀な大学生が、こんな不正のはびこる、賄賂の横行する社会で働きたくないといって、出家してしまう若者も多いそうです。
 習近平国家主席は、仏教は昔から中国の文化であるとして容認し、国家がどんどん寺院を造って仏教徒が増えることを奨励しています。これも、イスラム教徒よりも仏教徒の方がおとなしくて扱い易いという事実に感応して、際限もなく仏教徒を増や続けると、その先に何があるのかというイメージが欠如しているのかもしれません。

 それでは、チベット人はどうでしょうか。仏教徒は、肉は食べないのが一般ですが、チベット人は、仏教徒でもヤクや羊など牧畜の肉は好んで食べます。仏教がインドから直接チベットへ伝わったのは7世紀ころですから、既に肉食でした。野菜ができない土地で、牧畜の生活環境からも、肉食は止めることはできなかったと思います。

 またチベットには、鳥葬という独特の文化があります。ほとんど樹木がなく、あっても薪は高価なので、チベット人は死んだら火葬にできません。土葬は、硬い地面の岩盤を掘ることが難しく、たとえ埋葬ができたとしても寒冷地のために、遺体が分解されないで残ったままになってしまいます。そうすると、古代イランのゾロアスター教から学んだ鳥葬をするしか手がなかったのです。

 鳥葬するには、専門の職人が、ハゲワシが食べやすいように、遺体を細かく切り刻んで、骨も頭蓋骨も細かく砕いて用意し、それを群がるハゲワシがまたたく間に食べ尽くすのです。遺体を食べやすいように処理しないと、人骨のままの形で残ります。普通は、こんな状態を見たらショックを起こします。ところが、チベット人たちは、輪廻転生をかたく信じていますので、人間は死んだら、もうその遺体は、魂の抜け殻としか思わないのです。

 ハゲワシに遺体を食べてもらい、魂を天へ運んでもらって、来世はもっといい所へ生まれ変われる、ということを信じてイメージできるのです。オーストラリアのアボリジニも、つい最近まで、死んだら遺体を沙漠に捨ててもらい、ハイエナかジャッカルに食べてもらっていたそうです。生きるとは、他の生物を犠牲にすることなので、死ぬ時は今度は自分の遺体で他の生き物に奉仕するという、こういう人々のイメージは、宇宙の叡智ではないでしょうか。

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