パンデミックの最中、ヨガ教室を行なう

パンデミックの最中、ヨガ教室を行なう 2


「こころ」と「内臓」
 また解剖学者の三木成夫も、”こころ”は 「内臓」 を抜きに考えることはできないといっています。そして、次のように述べています。
 「こころで感じることを、なにか具体的に表わそうとすれば、ごく自然に “胸の奥から” とか “肚の底から” というでしょう。これはまさに胸部内臓と腹部内蔵―つまり『からだの奥底に内蔵されたもの』との深い共鳴を言い表したものではないでしょうか……。このことは『こころ』の漢字の『心』が心臓の象形であり、しかも、この心臓が内臓系の象徴であることを思えば、いっそう明らかになると思います。」(『内臓とこころ』河出文庫)

 このように考えていくと、私たちは、ヨガ教室に何げなく参加していますが、頭で考えてヨガをやっているだけではなく、皮膚や内臓でもヨガをやっているのだと分かってきます。
 先日も、以前イスタンブールでヨガ教室に参加された人が、帰国されてから初めてヨガ教室で再会しました。ヨガが終わり、私に近づくなり、眼にいっぱい涙をためられていました。あとでその友人が、「先生にお礼を申し上げたかったけれど涙で声が出なかったとおっしゃっていました」 と教えてくれました。彼女は、まさに内臓でヨガをやったのだと思いました。

 余談ですが、私は昔から話すことが苦手だったせいもあって、相手に伝えるよい方法がないかと思案を巡らしました。そして思いついたのが、「私の言葉は、相手の内臓によく響きます」 と念じて話すことでした。これが功を奏しているかどうかは知りませんが、アファメーションすると、何となく相手の内臓に響いている感じがするのです。
 人間の手は、右手から気が出ていきます。左手から入ってきます。眼は、右眼から気が出ていきます。左眼から入ってきます。相手を納得させたい時は、相手の左眼を見ながら話すと効果があります。

 以上のように考えていきますと、この皮膚や内臓があるかないかが、人間とAI(人工知能)の違いなのではないかと思えて来ます。将来、AIが人間を凌駕してしまうのではないかと危惧されますが、AIにはどんなに素晴らしい知能を作ることができても、皮膚や内臓を作ることはできないから、人間を凌駕することはできないと思います。AIには、いのち(内臓・心)をつくることはできないのです。