48年ぶりのお花見

48年ぶりのお花見 1


墓石の言葉

ここを通る人は、誰でも かまいませんから
これを読み、立ち止まり、涙を流してください。

私は、あなたのように 生きてきました。
そして、あなたは、いずれ 今の私のように なるのです。
私のために、祈ってください。


 これは、400年前のアイルランドの墓石に刻まれた言葉で、「イルミネーション」 というアイルランド音楽で歌われています。
 普通、キリスト教徒の墓誌なら、「主よ!天国へお導きください」 とか、「主と共に、とこしえに在らんことを」 というような内容が一般的だと思うのですが、ケルトの文化を色濃く宿すアイルランドのキリスト教徒は、一般のキリスト教徒とはちょっと違っているようです。
 私が何年か前にアイルランドで見たフェアリー・ツリー(妖精の木)も、その一つでした。観光ガイドのカトリックの男性は、観光客に妖精の木のことを問われて、「あんな木は、早く切ってしまえ」 と忌々しそうにつぶやいていたことを思い出しました。

 そのフェアリー・ツリーは、枝に一杯色とりどりの紙が結ばれていました。ちょうど日本の神社のおみくじを木の枝に結んだようでした。その妖精の木は、教会が聳える風景のなかでは、プリミティヴな、異教的な感じでした。
 というのも、妖精は、この地にキリスト教が入って来る以前の、ケルトの古い信仰を源流とした、超自然的な存在への崇拝心から生まれたものだからです。

 もともとケルト人は、インド・ヨーロッパ語族に属し、多神教でもあったので、樹木の精霊には深い崇拝心があったのです。ですから妖精の木があっても不思議ではないのです。作家のラフカディオ・ハーン(小泉八雲)もアイルランド人ですから、ケルトの血が入っていることを思えば、日本の精霊の物語を親しく感じ、あの名作 『怪談』 を書くことができたのも納得できます。

 今、私は、48年ぶりのお花見で、東京から京都へ出かけているところでした。新幹線の車窓から富士山を眺めています。令和3年3月18日、天気は快晴で、雲一つありません。
 そんなお花見へ行く途中で、上記のアイルランドの墓石に刻まれた言葉が、アイルランド音楽独特のメロディーと共に、私の心に流れてきたのでした。

 するとその墓石の言葉が、私に、熊野古道を歩いた風景をよみがえらせてくれました。古道の道端の所々には、目印のような石が、ひっそりと立ててありました。それは、巡礼の途中で力尽きて命を落とした人の墓石でした。
 その墓石を思い出した時、「あなたは、いずれ 今の私のように なるのです。私のために、祈ってください。」 という言葉がでてきました。
 そしてその後、熊野古道の苔むした無縁仏の口から、「どうか成仏できますように、私にお祈りください」 という声が響いてくるようでした。そうして、あのアイルランドの墓石の言葉が、何となく日本人の情感に似ているなと思いながら、京都にお昼ごろ到着したのでした。

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