2016年インド旅行記(1) ブッダガヤのスーパームーン

ブッダガヤのスーパームーン (5)

 

 私は、40年前に、初めてカルカッタで、人力車を見ました。日本の観光地で走っているあんな立派な人力車ではなくて、もっとごっつくて、何かリアカーを思い出させる代物でした。私はリュックサックと一緒にそれに乗りました。坂道へ来ると、か細いインド人の車夫が、一生懸命にふんばって進みます。私は、その時、その車夫に代わって引っぱってやろうという気持ちは起きませんでした。急性肝炎で力が出ないし、お金を払っているので、乗せてもらおうという気持ちでした。そんな車夫たちが集まっている所のチャイのお店で、車夫を見るのは好きでした。きっと猫舌なのでしょう。チャイの敷皿に、カップの熱いチャイを少しこぼして冷まし、それをお皿から実に美味しそうにすすりながら飲むのです。

 

 Mさんは、もともと自転車には自信があったらしく、インド人のリキシャの車夫に代わってペダルを踏んであげたのです。
 そのMさんは、本来、心根の優しい人なのでした。アグラ城のトイレで、キャーッと叫んでいる女性がいました。トイレで、マウス(ハツカネズミ)が溺れかかっていたのです。Mさんは、とっさにビニール袋を手袋にして、マウスを優しくつかんで助けたのです。
「よく平気でつかめたわね」と誰か。
「母がマウスをすごく怖がっている姿を見て、こんなに可愛いのに、どこが怖いのかしら、と子供の頃から思っていたのよ」とMさん。
「鶴の恩返しってあるけど、きっとマウスの恩返しもあるかもね」と誰か。
 このように優しいMさんへ、車夫は、感謝の気持ちもないらしく、ただリキシャの後ろについて歩くだけです。日本人なら、そんなことをしてもらったら恐縮して、リキシャを押すくらいはするだろうと思いますが、そんなことはまったく関係ないという顔をしていました。一方、Mさんの健脚ぶりは、たちまち他のリキシャを2台、3台と追い抜いて突っ走りました。その後を、息を切らして、車夫が追いかけるはめになりました。
 私は、インドで女性の旅行者が、リキシャの車夫をしたという話を聞いたことがありません。当のMさんは、インドでリキシャをこいじゃった、と笑い転げていました。そして、相棒のYさんは、「私の話より、こちらの方が面白いわね」と笑いました。
 Yさんの話とは、まだそんなに親しくない人から、「あなた、シングル?」と聞かれて、深い付き合いでもないのに、そんなプライベートなことを聞くの? といぶかしく思いながら、「主人とクモの糸でつながっています」と答えたのです。尋ねた人は、「シングル・ルームですか?」という意味でした。
 MさんとYさんは、この話で笑いが最高潮に達した時、私のタージマハルの疲れは、笑いと共にどこかへ吹っ飛んでしまいました。
 きっと、Mさんは、インドで女性の旅行者がリキシャの車夫になった嚆矢(こうし)で、私は、歴史に刻まれてしかるべきささやかな快挙だと思いました。

 

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