竹富島で日本人のルーツを考える

存在するという純粋な感覚 2


 標高が高いので、飛行機からラサに降りたときは、ほとんどの人が高山病にかかってしまいました。だいたい1~2日で回復しましたが、幸い私は大丈夫でした。
 そしてヤムドク湖へ出かけた体験が時々よみがえり、私に存在するとは何かを問いかけてくるのです。

 その日、バスは草木のない山裾を回り込みながら、どんどん坂道を登って行きます。眼下には深い峡谷が口を開け、山の斜面に白い氷のようなものが見えます。周囲の山々はさらに高く連なり、標高4750メートルのカムパラ峠に到着しました。
 バスから降りると、両手と両足がジンジンしびれている感覚と、歩くと足が重い感じがし、早く動くと息が荒くなるので、この峠の高さを実感できました。

 ちょうどお天気がよく、青い空が広がって、大きなエメラルド色のヤムドク湖が見渡せました。チベット語で、「トルコ石の湖」と呼ばれている意味が理解できます。
 それから峠を下って湖のほとりへ行きました。湖は標高4500メートルもあります。日本に留学したことのあるチベット人のガイドさんが、日本語で「ここに小さい魚がいっぱいいます。チベット人は魚を食べません」と言いました。私は『魚は……魚は……』と言って、その後が続きません。『どこからやってきたのですか?』という言葉がでてこないのです。空気が希薄で、思考がストップした感覚でした。私は、岸辺の砂浜に腰を下ろして、前方にそびえる山々を眺めました。

 「山になった」のは、その時でした。
 私の頭の中の言葉が消え、目の前にある山は、「山」という言葉を失い、「私」という言葉もありません。それは、「あれ」「あれ」としか言いようがなく、見ている「あれ(私)」と見られている「あれ(山)」が一つになり、ただ在るという純粋な感覚でした。

 このような状態を、禅では何と説明するのでしょうか。そこで私は、禅の言葉を探して「山是山 山是非山 山是山」という言葉を見つけました。

 「山是山」(やまはこれやま)のこの句は、山は山であり、他のものではないと言っているようです。
 私たちは、山を見る時に山という言語に意味づけられて、初めて山が「私の世界」として立ち現れてきます。たとえば私が山を見た時は、山という言語に意味づけられて山を見ています。
 つまり山は山という意味(本質)を有したものとして、私(主体)が見る山(客体)として捉えられているのです。

 次に「山是非山」(やまはこれやまにあらず)のこの句は、山は山であって山ではないというのです。普通に考えたら意味がわかりません。
 ところが、私がチベットのヤムドク湖で見た山の感覚からすると理解できるのです。そこは、標高4500メートルの高地から見た山でした。その山を見た瞬間、空気が希薄で山という言葉がでてこないのです。思考が麻痺した感じでした。
 言葉がない、頭が空白になった状態で、ただ「私は在る」という意識で、前方に高くそびえるものが、ただ「そこに在る」だけでした。
 このように「山」が「山」でなくなるためには、それを見る私の意識も、見られている山の意味もなくなるほかありません。山という客体も、それを意識する主体もなく、山という言葉が消えると、山はこれ山にあらず(非山)となるのではないでしょうか。ここに、言語と実在の、深い関係が見られると思います。