DVDのビックリ効果と、気のビックリ体験 (9)
遠隔地へ気を送る
遠隔地にいる人に気を送って癒す施術を、私は、「遠隔治療」と呼んでいます。不思議なことですが、気を遠く離れた人へ送ることができるのです。
遠隔地へ気を送ることができることに気が付いたのは、どこどこが痛い、と言って電話で治療を予約した人が、その直後、安心したせいか痛みは消えましたと言ってきたことが、しばしばありましたので、気は送れば届くということに気づきました。これが、遠隔治療の始まりでした。最近では、Eメールを送ったり、また返信メールを開けたとたん、気を感じて痛みは消えましたというケースも、時々あります。
『気の言葉』(講談社)に、「ロンドンから東京に気を送って治療」という項目があります。このページに、気を送って不整脈の人を癒したり、帝王切開直前の逆子を治したりしたことが書いてありますので、ご参照ください。今まで遠隔治療で何人もの逆子や、切迫流産を治すことができて、これらにすごい効果がありました。
気は、実際目で見ることはできませんので、それは暗示だよ、と言われても、それを否定することができません。
ところが、気を送っている最中に、田舎から送られたキャベツが、突然バンと音がして、真っぷたつに割れたのを目撃した女性がいます。キャベツは、暗示にかかりませんから、暗示で真っ二つに割れたとはいえません。
その女性は、全身性リューマチでした。20代半ばで発症して、愛媛県の松山にある有名なリューマチ専門の病院へ、東京からストレッチャーで運ばれて受診したら、医師に「治る見込みはありませんので、もう来ないでください」と言われ、絶望していました。
その女性に、ロンドンから東京へ遠隔で気を送りました。時々、メールが届きます。痛くて指を使えないので、鉛筆を口にくわえてキーボードを打っていたようです。
そして、「もう死にたいです」、というメールが時々届きました。それでも、励まして気を送り続けました。東京へ出かけた時は、直接気功の施術をしました。
そうしたら、現代医学の予想に反して、だんだんよくなり、医師から毎回両ひざはいつ人工関節にしましょうかと言われていたのが、軟骨が再生してきたので、手術は必要なくなりました。軟骨が再生することは、大変珍しいケースと言われ、2年ほど経つと薬を全部止めることができたのです。その為子供もつくることができて、今5歳になっています。
遠隔治療でがんが消える
最近、83歳の男性の遠隔治療を頼まれました。すい臓がんで、肝臓に転移していて、ステージ4で、もう末期がんでした。毎日気を送って4カ月経ったころ、その男性の奥様から以下のメールが届きました。
「お世話になってます。
今日病院に行ってきました。担当医がびっくりしてまして、CTの結果、主人の癌はかなり消えてました。
望月先生に気を送ってくださっているのが効いてるのではないかと思っています。
先生に心から御礼申し上げます。有り難うございます。
お陰さまで主人は体調もよくて、動きまわるのになんの不自由もなく、過ごしております。これからもよろしくお願いします。」
今年6月に、初めてこの男性とお会いしましたが、ほとんどがんが消えて、気力に満ちてお元気でした。
写真に写った手のひらの気
もう十年以上も前になりますが、ニューヨークで証券会社に勤めていた証券マンが、大腸がんになり日本へ帰ってきました。大腸を何カ所も切除する手術をし、死を覚悟していましたが、まだ小学生の娘がいるので、ここで死ぬわけにいかない、西洋医学の治療だけに頼るわけにはいかない、といってそれ以外にもいろいろ民間療法を試していました。
そんな折に、私のヨーガ教室に来ている友人の紹介で東京の教室に参加し、その後気功の施術も受けることになりました。
その男性のお腹へ気を入れると、バッキン、バッキンと音がしたのです。すごい反応でした。終ってから、何十年ぶりに首と肩がすっきりとして、身体全体が楽になったと言いました。
私は、ロンドンから日本へ年3回来ていますので、来る度に一度施術をしてあげていました。そうすると、どんどんよくなって十年が経ち、とうとう完治してしまいました。
ある日、彼はカメラを持ってきました。そして、「先生、先生の気を写真に撮らしてください」と言って、手のひらのネックレスに気を入れているところを、写真に撮りました。
そして、次回お会いした時に、彼はにこにこして、「先生、手のひらに気が写っていました」と言って、その写真をもってきました。 それを見ると、手のひらや指の先や、ネックレスのふちが金色に染まって見えました。手のひらと手のひらの間に、気の柱が立っているようにも見えました。時々、施術を受けている人が、金粉が舞っているのが見えますとか、金色の光が見えますというのを思い出して、やっぱり気が金色に見えていたのだなと納得したことを思いました。
(写真:川井信隆氏写す)