アイルランドの遺跡の旅 6
5,000年前の闇と光を体験する
ぱっと明かりが消えたのです。とたん真っ暗闇。周りの人も、何も見えません。声も聞こえません。流れる時間は凝縮され、空間はいくつもの闇の層をなして、私は、自分の意識が宇宙に拡張したような錯覚に陥りました。
すると、しばらくして、通路の入口の方から床を這って、細い光が奥の部屋まで伸びてきたのです。光は、生きている宇宙の意識のように感じられ、息の詰まるような感動を覚えました。その時、私は、時空を超えて5,000年前の古代人と同じ体験をしたように感じました。
実は、この羨道墳は、年に一度の日が最も短い冬至の明け方、太陽光が入口のルーフボックスから19メートルの羨道に真っ直ぐに入射し、17分間だけ部屋の床を照らすように建設されていたのです。今は日の出から4分後に日光が射し込むようですが、地球の歳差に基づいて計算すると、5,000年前には、日の出と同時に日光が射し込んでいたことが分かりました。古代人のこの精密さには、びっくりです。
こうしてニューグレンジのビームを使った光の演出のお陰で、5,000年前の疑似体験をすることができました。私は、この疑似体験から、これは普通のお墓ではなく、古代人が死(闇・冬至)から生(光)を願う強力な象徴として、精神的・宗教的な儀式として使われた新石器時代の寺院ではないかと思いました。
私は、入口から狭い通路を通って、広い丸い部屋に至る羨道墳の配置は、女性の生殖器官に似ていると思いました。古代人も、きっと宇宙の子宮に入ることを意識したのではないでしょうか。たんなるお墓ではなくて、聖なる場所だったに違いありません。1,000年後まで使われていた形跡がそれを物語っています。科学は進歩しますが、古代人と私が感動した心は、昔も今も変わらないのだという実感を強く持ちました。
私は、今回の旅で思ったことは、歴史は分類や分析や発掘するだけでは分からないのではないか。実際にその当時の時間空間に触れ、じかに肌で感じ、その当時の人々を偲んで、初めて理解できるものではないかと思いました。
この新石器時代の人は、どこからやって来たのかまったく分かりません。インドヨーロッパ語族ではないかという人、またこんなに天文や土木や数学に精通しているのはエジプト人だ、エジプトから船ではるばるアイルランドに渡って来たのだ、という人もいます。これはアイルランド人を冒とくしています。