アイルランドの遺跡の旅 7
古代人が文字を持たなかったので、古代の歴史はよく分かりませんが、文字を発明した人に劣っていたわけではありません。文字がなくても、古代人はなに不自由なく暮らしていたと思います。文字を持たない古代人たちの方が、記憶する力が優れていたにちがいありません。
その後にやってきたケルト人も、文字はありませんでしたが、高い文化を持っていました。文字がなかったので、口承で物語を伝えたのでしょう。その伝統が、今のアイルランドに残っていて、多くの優れた文学者たちを生んだのだという根拠になっています。人類の歴史は、心の深いところで古代人から現代人につながっていると思います。いくら科学が進歩しても、その心は、まったく変わっていないのです。それを今回の旅で改めて強く感じました。
『神々の沈黙』の著者、ジュリアン・ジェインズは、3,000年前には人間は意識はなかったといいます。文字が現れるまで、人間は右脳で考えていたというのです。右脳は宇宙と繋がっていて、神々は右脳に囁きかけ、右脳は命令を下す神々で、左脳はそれに従う人間だったというのです。
この二分された心を 「二分心」 と名づけました。古代人は、「神の意志」 を聴き、神に従い、左脳はその神の声に従って生きている 「二分心」 でした。つまり古代人は二つの心、二分心を持っていたというのです。
やがて、文字が発明されると、人間は左脳を使い、神の声は意識に変わり、神の声は聞こえなくなります。二分心は崩壊し、神々は沈黙して、社会システムを維持する文明が建設されていくのです。
これを違った表現ですると、ロゴスとレンマになります。ロゴス(論理・言語)が左脳で、レンマ(直観)が右脳です。ロゴスの進歩で現代文明が発展したといっても過言ではありません。
右脳と左脳の違いは、どれほどのものかについては、脳科学者ジル・ボルト・テイラー博士が語っています。彼女は脳卒中になって、左脳がまったく働かなくなり、右脳だけで感じたことを、詳しく書いています。それによると、彼女は自分と世界の境界線がなくなり、宇宙と一体となって、平和・至福・天国を得たといっています。
二分心の説が正しいとすると、ニューグレンジを建てた古代人は、神々の囁きを右脳で聴き、「神の意志」 に従って羨道墳を建設し、高い宗教心をもって生きた人々だったことが想像されます。その宗教心は、きっと太陽を信仰し、生と死、光と闇を宇宙の聖なるサイクルと見なしたのです。そして、あの螺旋の渦巻き模様を、永遠にとどめるためにあの巨石に彫り込んだに違いないと、私はレンマ的知性で感じたのでした。
翌朝、アイルランドを去る日は、朝から雨が降っていました。
2023年9月1日 望月 勇