死について考える 5
死があるからこそ、生きる意味がある
以上のように生物学からみていくと、死は生命の根底にあるもので、生命は死のなかに営まれていることが分かってきました。進化のプロセスで、死を持つことを選んだ祖先から、本質的に死を与えられていることが分かってきました。
そこで、私たちには、死が生命に内包されている意味をどうとらえるかが問われているのです。死があることで、人間は、生きるとは何か? 自分とは何か? という問いを立てられ、本質的な答えにたどり着ける存在になったのです。
残念なことに、現在は延命治療に重きがおかれて、いかに死を準備するかという死生観は失われてしまったようです。
もし人間に死がなかったり、寿命を延ばして何百年も生きられるようになったら、生きている意味がなくなってしまいます。限りある死があるからこそ、人間が生きていく意味があり、社会のためにどうあるべきか、他者のために何ができるか、次の世代に何を遺すことができるかを考えることができるのです。
先に紹介した13歳の少年が投稿した文章は、死があるからこそ、この命を何かのため、だれかのために使い切りたい、頑張ったと思える人生にしたい、その答えを見つけるように、この時を生きて行こうと、自分なりに考えた答えなのです。
Appleの元創業者スティーブ・ジョブズは、死に直面して 「死はたぶん、生命の最高の発明です」 と言っています。
彼は、すい臓がんと診断され、医者から家族が安心して暮らせるように、すべてのことをきちんと片付けて、別れを告げなさいと言われました。その後、手術で治療可能なきわめてまれな膵臓がんだと分かり、命を救われるという体験をします。
「(略) 人生で死にもっとも近づいたひとときでした。今後の何十年かはこうしたことが起こらないことを願っています。このような経験をしたからこそ、死というものがあなた方にとっても便利で大切な概念だと自信をもっていえます。
誰も死にたくない。天国に行きたいと思っている人間でさえ、死んでそこにたどり着きたいとは思わないでしょう。死は我々全員の行き先です。死から逃れた人間は一人もいない。それは、あるべき姿なのです。死はたぶん、生命の最高の発明です。それは生物を進化させる担い手。古いものを取り去り、新しいものを生み出す。今、あなた方は新しい存在ですが、いずれは年老いて、消えゆくのです。深刻な話で申し訳ないですが、真実です。
あなた方の時間は限られています。だから、本意でない人生を生きて時間を無駄にしないでください。ドグマにとらわれてはいけない。それは他人の考えに従って生きることと同じです。他人の考えに溺れるあまり、あなた方の内なる声がかき消されないように。そして何より大事なのは、自分の心と直感に従う勇気を持つことです。あなた方の心や直感は、自分が本当は何をしたいのかもう知っているはず。ほかのことは二の次で構わないのです。(略)」(スティーブ・ジョブズ氏が2005年6月12日、スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチ原稿の翻訳より抜粋)