なぜ量子論は、東洋思想に近づくのか 5
ロゴスとレンマ
ロゴスとはギリシャ語で、ロジックのことです。ロゴスとは 「言葉」 であり、光であり、集めて分別することです。
またロゴスの力は、人間の精神力であり、数学においてもっとも厳密を極め、これらは科学の基礎を構成する基礎的ものでした。そのためギリシャ人は、レンマよりもロゴスを重要視しました。そのロゴスは、やがてヨーロッパへ伝わっていきます。
キリスト教の聖書に 「初めにロゴスありき」 というのは、初めに 「ことば」 があったということです。この語が西洋の哲学史と、キリスト教の資源にとって、いかに重大な意味をもっていたかは周知のことです。
こうしてヨーロッパのロゴスは、アリストテレスの論理に始まり、ヘーゲルの弁償法的論理に至って発展の極度に達しました。(『ロゴスとレンマ』山内得立著、岩波書店参照)
一方レンマは、具体的に直接にものを把握することで、「つかむ」 「とらえる」 という動詞に由来した名詞です。まるごと世界全体を直観で把握することです。
こうしてギリシャでは発展しなかったレンマは、アジアへ伝わっていくことになります。特にインドでは、元来存在した思考方式に加えて、さらに発達していきます。特に仏教に取り入れられて、より高度に発展していきます。
ロゴスの論理は、肯定と否定によって成り立ちますが、レンマの論理は、(一)肯定 (二)否定 (三)両者の否定 (四)両者の肯定 の四者によって組織され、テトラ・レンマと呼ばれています。
このテトラ・レンマは、インドの大乗仏教の論理で、東洋人の思考形式を代表するものですが、その中の第三のレンマが仏教論理の中軸をなしているといわれています。テトラ・レンマは、仏教僧龍樹の 「不生不滅」(生を否定するのみでなく滅をも否定する)などの言葉に見られます。
こうしてインド人は、とりわけ仏教ではレンマを、「縁起」 として理解していきます。縁起とはブッダが悟ったとされる内容で、自己を含むすべての存在は、縁となって生起し、自分の本性、本質、実体は存在せず、「空」 であると捉え、どんな部分も全体につながって宇宙は動いていると考えました。