人生100年、老いと死について考える 5
求めないと、今生きている実感がして、「今」 がありがたいことが分かります。
求めないと、今生かされている平穏な日々の大切さに気がつきます。
求めないと、すでに自分が十分に持っていることに気づきます。
求めないと、見えなかったものが見えてきます。
求めないと、いのちの求めているものが何であったのかを知ります。
求めないと、いのちの本質を理解することができます。
仏教では、生きて死ぬことを 「生死一如」 といいます。生と死は表裏一体で切り離せないものだというのです。最近92歳で亡くなられた詩人の谷川俊太郎さんは、「死とは、命のいちばん根っこ、お母さんの懐に戻っていくようなこと。(略)生まれた時から命と寄り添っている相棒のようなものだ」 と言っています。この考えは 「生死一如」 そのものですね。
でも私たち普通の人は、生と死が一体だと頭で理解できたとしても、死の怖さはなくならないものなのです。どんなに勇猛果敢な人でも、死に直面したら怖いと思います。満州で死を恐れないで軍事探偵をした中村天風さんは、日本に帰国して当時不治の病といわれた粟粒性結核になりました。あんな豪胆な人が、不治の病に罹ったら死ぬのが怖くなったのです。そしてアメリカやヨーロッパを回って治してくれる医者を探しましたが見つかりませんでした。そこでどうせ死ぬなら日本へ帰って死のうと思って、フランスのマルセイユから日本行の船に乗りました。その船中で英国からインドへ帰るヨーガの先生に出会って、インドでヨーガを修行しました。幸運にも病が治って帰国し、92歳で死ぬまで活躍されました。