竹富島で日本人のルーツを考える

言葉から見えてくるもの 6


言葉は安心感という孤独を生む

 あなたは、会社や組織のなかで孤独を感じたことはありませんか? 多くの人と一緒にいるのに孤独を感じることは、よく経験することです。
 それは 「みんなと一緒」 という言葉が、みんなでいる安心感という孤独を生むからです。この安心感は、社会から気づかれずに忘れ去られていくのではないかという不安の裏返しかもしれません。しかし社会から適度な距離を持たなければ、自分自身を見失うことにもなります。ここで社会とは 「みんな」 と呼ばれるものであり、具体的な顔がありません。
 この 「みんなと一緒」 という言葉は、社会が求める価値で、没個性ということです。そこにあなた自身の個性はありません。

 まず自分をケアするのは、自分自身であると自覚してください。他人ばかり気にしていたら自分のケアがおろそかになります。そのために、満たされない思いや、孤独感をますます覚えるのです。いつも誰かといるのに、孤独感を感じる、満たされない、というのは、自分が自分を置いてきぼりにしてしまうからです。

 言葉は、比べようのない個別の人生を一般化に置き換えてしまいます。すると一般化は、同じ枠に入れることで、何か比べられるような気になります。
 たとえばヨーガ教室に参加したとき、他の人のポーズが気になります。それは自分も含めて、他の人たちを一般化して比べてしまうからです。このとき失われるのは、独自性や個別性、個性です。自分がつくるポーズは、自分以外のだれでもない、私の経験です。これを他人と比べるから不満を感じてしまうのです。
 私たちが幸せを感じるポイントは、独自性です。不幸とは自分の人生に何か欠けている、足りないと思うことです。幸福感とは自分が満たされていると思うことで、比べないことが満足感をもたらすことになるのです。

 周りの人の 「みんな」 が気になるのは、人間が社会性を特徴とするからですが、その没個性が自分自身をないがしろにしてしまいます。
 私たちは 「おいしい!」 「まずい!」 と感じた瞬間は、自分にしかない感覚や感情の経験ですから、この瞬間こそが、自分らしさが照らし出される場所であり、自分のありかです。
 ふだん誰もが、このような自分しかない瞬間を生きているのに、それを深めようとしません。この自分一人の固有性を追求することは、普遍的な意味があると思います。
 それでは自身の固有性を追求して、没個性から抜け出すにはどうしたらいいのでしょうか。

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